つい先日、開催されたピョンチャンオリンピックで金メダルを獲ったスピードスケート小平選手の出身地ということで何かと話題の茅野で新型あずさを降りる。新型あずさは客車内に大きなバッゲージスペースが設けられていて信州方面に旅をする特に海外からの観光客にとってありがたい仕様になっていた。
改札を出て、いつもなら公共の登山バスが出発する停留所がある左に向かうところを、今日は左に向かいSLのあるロータリーに向かって階段を下り、待ってくれているはずの送迎車を探す。今回は、昨夏にアルプスで知り合った女子2人と、ここ最近、時々一緒に山に登っているKOICHIとで週末のみ冬季営業をしている八ヶ岳 根石岳山荘で、ただただ美味いものを食って酒を飲んで過ごそうという企画でやってきた。ピークは目指さない。いや、もしかしたら小屋から10分もあれば行ける根石岳には行くかも知れない。それくらいのゆるゆる登山だ。
ロータリーを少し歩くと、その先にこっちを向く3人の笑顔が見えた。何だかちょっと照れくさいが、その笑顔に向かって歩いていく。KOICHIとSACCOとは11月に一度一緒に八ヶ岳に登っているのだが、SACCOの友人TOMOは、その時に来ることができず、会うのは北アルプスで知り合って以来だった。その時から、みんなで登ろうと言っていたが、半年たってやっと全員が揃うことができた。
送迎車に乗り込み登山口桜平に向かう。送迎車は2台出ていて、予想していたより今日、根石岳山荘に宿泊する登山客が多くてちょっとびっくりした。
桜平で送迎車を降りる。ここから夏沢鉱泉まで20分ほど登山者は歩きだが、荷物だけは車で夏沢鉱泉まで持って行ってくれる。僕らは横一列にならんであれこれ話しながら登山道を歩くのだが、全員揃っての再会にちょっと会話がぎこちない。世の中は、本当に便利になったものでSNSで、予定の調整などでお互いよく連絡は取りあっているので、意識としてはとても身近な人たちに感じるのだが、やはり面と向かうと人と人はただツールを通した文字だけの関係のようにはすんなりと行かない。仕方ない、こういうのは少しずつ話して馴染んでいくしかない。
夏沢鉱泉に着くと車で先に送られた荷物がビニールシートの上に並べて置かれているのを目にするや「あちゃっ!」と僕とTOMOは目を合わせて苦笑いした。
今回は山で「酒を飲んで美味しいものを食べよう」という企画なのだが、実は裏の企画として、数日後に訪れるSACCOの誕生日を山で祝おうということで、密かにTOMOのザックの中にはホールケーキが入っていたのだった。どうやったらホールケーキを壊さずにうまく持って行くことができるか、僕とTOMOは前もって連絡を取り合い知恵を絞った結果、ケーキと同じ大きさくらいの鍋に取り出し用のラップを敷いて、その上にピタリとケーキを詰めて持って行けばうまくいくんじゃないかという結論に達していたのだ。しかし、それはあくまでも常にザックが縦置きされているという前提での話で、ビニールシートの上にごろんと横たわったTOMOのザックを目の当たりにした時、さすがに2人で笑うしかなかった。だけど、このハプニングで久しぶりに会ったTOMOとちょっと打ち解けることができたように感じた。
KOICHIと景気づけにビールを飲みながら登る準備を始める。今日の行程はコースタイムでも2時間ほどでしかない。気分はすでに宴会がもう始まっている。
昨日、降ったばかりの雪で、トレースはあるものの踏み出す一歩一歩が少しずつ雪に沈み込んで歩きにくく疲れる。それにしても、その「疲れる度合」が、この程度の山道でちょっと今までにないくらいな感じであまり体調がよくない。
思い返してみるとその原因は明らかだった。夕食を担当した僕は、昨夜は、今日の夕食の仕込みをしていて、よくよく考えてみると夕食を食べていない。そればかりか前夜祭とばかりにビールを飲んで、ボトルに入りきらなかったウィスキーを空きっ腹に流し込んでいたのもあり、今朝、起きたらちょっと胃がむかつく感じだった。あまり食欲がなく朝食はバナナとリンゴを一個ずつしか食べてない。行く途中の「あずさ」の中でサンドイッチでも買って食べればいいやと思っていたのだが、その「あずさ」が激混みで車内販売は来ることがなく。さらに茅野駅に着いたら買おうと思っていたミネラルウォーターを買い忘れ、登り始めた夏沢鉱泉でビールを飲んでしまったことで喉の渇きが何となく満たされて、2時間くらいの行程だから大丈夫だろう、最悪雪食えばいいしと水を持たずに登り始めてしまった。その時は「今日はどうしてこんなに歩けないんだろう?」と真剣に考えていたのだが、今、思えば、もう若くはないのだから、こんないい加減な体の状態で歩けないのは当然の話だった。
ひとりで山に登る時は、こんなことはまず絶対にないのだが、仲間がいるとどこか気が緩んでしまうのだろう。調子に乗りやすい性格。全くダメな大人じゃないか…その罰があたったのだろう。ついでに普段、出かけるときに絶対に手放すことがないリップクリームさえも気づいたらポケットの中に入ってなかった。
喉の渇きを満たすために仕方なく、その辺にあるつららをぽきぽきと折って食べた。しかしながら、これが意外とうまくて驚きだった。
冬季休業中のオーレン小屋で休憩をし、さらにもう1時間ほど、簑冠山(みかぶりやま)のピークを過ぎると根石岳山荘はもうすぐそこだ。森林限界を抜け一瞬だけ強風の鞍部の稜線に出て14時半前に根石岳山荘に到着、宿泊の受付をする。ほとんどテント泊しかしないのだが、吹きさらしのテント泊と違って、やはり小屋は全く暖かいし安心感がある。日が落ちると寒くてあらゆる服を着こんで、シュラフの中でひとりウィスキーを飲みながらとどまり、トレイに行くのも億劫でひたすら朝になり行動するのを待つという厳冬期のテント泊とは全く違うのだ。本当にすばらしい。
今日はこれからどこかに登るでもない、15時過ぎにさっそく宴の準備を始める。そして、何より初めにTOMOが持ってきたSACCOの誕生日ケーキをサプライズ披露する。夏沢鉱泉で横たわって置かれていた割には全く奇麗なかたちのままだった。ただ唯一「誕生日おめでとう」と書かれたチョコプレートが鍋蓋に張り付いていて、引きはがすと鍋蓋に鏡文字で「おたんじょうびおめでとう」と現れた時には笑ってしまった。みんなでハッピーバースデー♪を歌って無事、誕生日のセレモニーが完了した。
小屋泊というのに、どうしてみんなのザックがあれほど大きく重かったのかがようやく理解できた。みんなのザックの中からは出てくるわ出てくるわの食料と酒…みんな色々と気を利かせたようだ。夕食を担当している僕でさえグリーンカレーとちゃんぽんをそれぞれ4人前ずつ準備してきているのに、さらに豚キムチに各種総菜、マカロニサラダに野菜スティック…と、とても4人で食べきれるだけの量とはとても思えなかった。
ビールで乾杯。夕食を作りながら飲み始め宴がスタートする。いつも思うことだが、ひとりで登る山ももちろん楽しいのだが、こうやって趣味を共にする仲間との山登り、そして、その延長線上で酒を飲むというのはまた違った楽しみがある。
宴会は延々と続き、ありがたいことに消灯時間の8時になっても本館に行けば灯りもついていて大声で騒がない限りはずっと飲んでいても構わない感じだった。ついには、小屋番の方が大きなランタンを持ってきてくれて、もうここも消灯するけど、この灯りを使って、ここでこのまま飲んでいても構わないということだった。呑兵衛に限りなく手厚い保護をしてくれる根石岳山荘、とても気に入った!山の呑兵衛小屋の第1号に認定しようと思う。これから、こういった呑兵衛に優しい小屋を探して歩きたい。このブログにひとつのテーマにしようかな?
みんなよく飲んで会話に笑いが止まらなかった。ちょっと酔ってきて今まで知らなかった性格の部分も見えたりしたが、それも含めて本当に愛おしい山の仲間たちだなと思った。恐らく最も飲んで酔っていただろうSACCOが「山では朝日と夕日は必ずみている」という発言で、それなら翌朝、早く起きて朝日を見ようかということになって宴は終了して床に就いた。
かなり飲んでいたSACCOが酔って「朝日を見る」と言っていたのだから、正直、まあ半信半疑で朝5時半前に起床、起きてなかったら1人で根石岳に上がって朝日を見るかと階段を降りて1階に行くと、爽やかな笑顔をしたSACCOがそこにいた。ちょっと飲み過ぎたとは言っていたが、その笑顔にはその欠片も伺えない感じだった。前日からの体調不良で実は今回、残念にも僕はあまり飲めなかったが、一応、(酒が強いイメージの)九州男児として、SACCOのこの酒の強さには、ちょっとプライドに火がついた気がした。負けられない!次回だ!次回っ!
結局、みんなでゆっくり15分ほど歩いて根石岳に登り快晴の東の空から昇る御来光を眺めた。見渡すと南八ヶ岳の峰々、東西天狗岳、遠くに南アルプスも北アルプスも御嶽山も乗鞍岳も見える山は全て見えていた。メインテーマとして酒を飲むためにきた今回の山行だったのだけど、唯一冬山をやる僕は、みんなにも雪をまとった冬山の美しい景色をぜひ見てほしいとも思っていたので、それができて嬉しかった。
小屋に戻ると朝食担当のSACCOがホットサンドを作り始めた。ホットサンドプレートも入ってるのだもの、本当に道理でザックがあんなに重いはずだ。ただ焼きたてのホットサンドは本当においしかった。重いのでまさか縦走に持って行く訳にはいかないが、1泊の山行なら僕も山でホットサンドしようかなと思った。
下山まではまだまだ時間がたっぷりあるので、朝食が終わると朝から飲み始める。間が悪いことに今日になって体調は回復したようで、あまり飲めていなかったウィスキーが今日になって進む。ただ残念なんことに、下山したら車の運転がある僕以外はあまり多くは飲むことができない。爽やかな朝に、ひとりで飲んで、ひとりでハイテンションになっているようにも感じたが、夜の飲めなかったのだから仕方がない。
11時過ぎに小屋を出る。相変わらず強い風は吹いているのだけど明らかに春を感じる生暖かい風だった。樹林帯に入ると高い気温のせいか雪がだいぶ緩んでいた。登りなら厄介だけど、下りならいいクッションになって下りやすい。雪道の下りはたいていとても早く下ることができる。ところどころにあるつづら折りの登山道のショートカットをTOMOがきゃっきゃっ言いながら最高の笑みを浮かべて、もの凄いスピードでシリセードで滑り下りて遊んでいる。この2日間でも、とてもしっかりしたイメージのTOMOだったので、そのはっちゃけぶりが何だかとても可愛らしかった。
そうこうしているとあっという間に夏沢鉱泉に戻ってきた。風呂に入って、飲みきれずに余っていたビールを1本空けた。ここで山登りの全ての行程はほぼ終わりだ。あとは送迎車で茅野駅に向かうだけ。まだ終わってほしくない気持ちでいっぱいになり、ちょっと寂しい気持ちになった。その寂しさ酒で紛らわすしかないとばかりに送迎車が出発する桜平までの20分の山道歩きの間にもう1本ビールをあおった。
茅野駅についてみんなと別れて特急あずさにひとりで乗り込む。駅の売店で買ったチューハイを飲みながら、車窓から見える夕暮れの八ヶ岳を眺めながら山であった色々なシーンを思い出した。きっと電車の中、酒を飲みながらひとりでにやついている変なオヤジだったかも知れない…