厳冬期にテント泊をしてみたいと思ってからずいぶんと時間経っていたが、なかなか踏み出せず、ぐだぐだしていた。何よりやっぱり凍えるほど寒そうだし、厳冬期のテント泊を始めるには、きちんと厳冬期用のシュラフを装備しなきゃならないと思っていたから。
ただ、一度はやってみたいが、じゃ一度だけやって、その後も続けるのかどうか。厳冬期仕様のシュラフは、かなり高額だがら、そうやすやすと手が出せる値段ではない。ましてや、一度行って「もうこりごりだ」と思う可能性もある訳で、なお一層、躊躇していた。
僕が持ってるシュラフはふたつあり、両方ともISUKAブランドのエアという製品で、ひとつはエア280Xで800フィルパワーのダウンが280g入っているシュラフと、もうひとつは、エア450X。これも同じく800フィルパワーのダウンが450gということだ。
ISUKAのウェブサイトを見てみると、ISUKAには厳冬期専用のシュラフがいくつかあり、僕が持っているシュラフと同系列のエア810X(800フィルパワーのダウンが810g)という製品の最低使用温度はマイナス25度である。また、そのワンランク下にはエア630X(同じく800フィルパワーのダウンが600g)という製品もあり、その対応温度はマイナス15度となっている。ということは、僕が持っているシュラフ、エア280Xと450Xを重ねて使えばダウン量は730gになり、理論的にはエア810Xと610Xの中間位のスペックになるので、マイナス20度くらいまでは耐えられるといことのようにも思える。シュラフを重ねて使用することについてネットで色々と検索してみるが、確信を持てるような情報を見つけることはできなかった。
冬にテント泊ができれば、どれくらい行動範囲が広がるだろうか…
例えば厳冬期に八ヶ岳にアプローチする場合、前日にバスでアクセスできる美濃戸口にある八ヶ岳山荘の仮眠室に宿泊して、翌朝まだ暗いうちに出立。3時間近いアプローチを経て赤岳鉱泉または行者小屋へ、そして、そこからやっとアタックという行程で今までずっと登っていた。もし厳冬期にテント泊ができれば、初日に赤岳鉱泉あるいは行者小屋まで一気にアプローチでき、翌日、体力がある状態でアタックできる。
何事もやってみないことにはわからない。あまりに寒かったら、恥ずかしながらも泣き言を言って、夜中に小屋泊に変更させてもらえばいいじゃないか。
一念発起して厳冬期テント泊を実行してみることにした。
土曜、13時過ぎに美濃戸口 八ヶ岳山荘にバスでアクセス、そこから2時間半ほど歩いて赤岳鉱泉でテントを張る。16時前、赤岳鉱泉周辺は東側にそびえる八ヶ岳連峰に陽が陰りすでに寒い。ウィスキーを口にしながらテントに入り、お湯を沸かしてチキンラーメンを食べる。あぐらをかいて、その上にシュラフを載せてラーメンをすするが、足のつま先がどんどんと冷えてくる。持ってきたカイロで温めるがなかなか温まらない。いわゆる「像足」と呼ばれるテントシューズは必要に思えた。
晩ご飯も食べ終え、何もすることがないのでシュラフに半分入りスマートフォンなどを見ていたが、とにかく寒い。17時過ぎという時刻だがシュラフにもぐり込む。時々、起き上がってウィスキーをちびりちびりとやるが、これから翌朝の日の出までは、まだまだ13時間以上。とてつもなく長い長い夜を乗り越えなければならない。
ウィスキーのせいか知らぬ間に寝入ってしまっていたようだった。「うわーっ!星がきれい!」という小屋に泊まっている女性だろう。その大きな声で目が覚めた。21時だった。ちょっとテントから顔を出して空を覗いてみたいと思ったが、寒くて行動には移せなかった。
付けっぱなしで寝たヘッドランプの灯りに反射してテントの壁がキラキラしている。外気に比べて若干、暖かいテント内との温度差と、僕が呼吸するときにでる水蒸気が結露してテントが凍って光っていた。置いていた温度計付きの腕時計を見ると気温はマイナス10.6度。ずいぶんと気温が下がっているようだ。
シュラフの脇に置いていた水筒の水も1/3ほど凍っていた。水筒の水を凍らせるとまずい。飲めないばかりか暖かいところに行かない限り融けることがない。だからと言って捨てることもできないので、このただの重しと化した水をトレーニングのようにずっと持ち歩かなければならなくなる。水筒をシュラフの中に入れて体温で温める。一気に温められた水筒は氷の入ったコップの水と同じで結露してシュラフを濡らした。これはマズいと水筒にタオルを巻き再び、シュラフに潜り込ませる。同時に翌日使用する使い捨てコンタクトレンズも胸のポケットに入れた。
この厳冬期のテント泊で「結露」というのが本当に厄介だと思った。
一番、気になったのがシュラフとシュラフカバーとの間にできる結露だ。体温で温まった暖かい空気が、透湿性があるとはいえ完全にはシュラフカバーを抜けきれず、その内側で結露してシュラフを濡らした。手で触ると明らかに濡れてるということがわかるくらいだ。ダウンは濡れると保温性が下がるので、寒くなりはしないだろうか、起きる度にとても気になった。何かいい対策方法はないのだろうか?
マイナス10度の世界ではさらに思いもよらぬことが起こる。
この凍ったテント内の状態を撮影しようカメラの電源を入れてるのだが寒さのせいですこぶる動作が遅い。少し保温してやった方がいいのかとカメラをシュラフに入れて温めたのだが、出して撮影しようとすると、シュラフ内で温まり曇ったレンズが、今度は一気に凍ってしまった。無理をして擦るとレンズが傷ついてしまうので暖かい息を吹きかけながら少しずつふき取った。
夜中、3~4時間ごとに、目が覚める度に温度を見たが、テント内は朝までずっと-8℃台で推移した。ただ夏用と春秋用の二重シュラフは予想したスペック通りかなり暖かく、寒さを感じるばかりか、かなり快適な暖かさで朝まで寝ることができた。感覚としては、もうマイナス5度程(-15~-17℃程度)までは問題なくいけるのではないかと思う。
何もかも凍ってしまう中、秀逸だったのがウィスキーだ。ウィスキーだけは一切凍る気配がなかった。いくらアルコール度数が高いとは言え、ここまで凍らないものだとはちょっとびっくりした。
午前7時半過ぎ、何事もなく無事、朝を迎えることができた。テントから出て必要な装備だけパッキングしてアタックの準備をする。テント泊をしてアタックをする山の目前まで来ているのだが、極寒の中、ぬくぬくしたシュラフから這い出る気になかなかならなず、ぐだぐだと明るくなるまで時間を費やしてしまった。
さて、赤岳に行こうか、硫黄岳に行こうか迷ったが、2週間前に山頂までたどりつけなかった硫黄岳に登ることにする。今回は厳冬期にテント泊をするというテーマで来ていたので、山登りは「おまけ」のような気持でいたが、稜線上に出て、風は強かったが、雲ひとつない、これぞ「八ヶ岳ブルー」というような景色を目にすると、登ってきた良かったと思った。
今回の経験で、まだまだ課題はたくさんあると思うけど厳冬期テント泊を十分やれると思った。さらに自信にもなった。次は、八ヶ岳の雪がもう一段増したら、行者小屋にテントを張って、赤岳に行こうと思う。
これから、少しずつ冬の雪歩きの行動範囲を広げて行こう!また、新たな楽しみが増えた。
以下に、初めての厳冬期テント泊で他に思いついたこと
- テントを張ったり、撤収したり、パッキングしたりする時、どうしてもちょっと細かい手作業をする必要があるので、薄手の手袋(インナー)になるのだが、手袋についた雪や霜が手の温度で解けて手袋が濡れてしまう。場合によっては凍傷の原因にもなる。防水性の薄手の手袋があった方がいい。
- 雨の日のテント泊と同様に、寒い中でのテント撤収は、できる限り素早くやりたい。きっちりと整理整頓してザックに詰め込まなくても、ある程度、適当に荷物を放り込んでもパッキングできる大きさのザックがあった方が便利だろう。
- 極寒の中、特に朝は、暖かいものを摂りたいのはあるが、ガスの出も悪く煮炊きに時間が掛かる。凍らず、そのまま簡単に食べられるパンや固形栄養食などの方がいいように思えた。