2017年9月11日(月)15:58

黒部源流でイワナを釣り、高天原温泉に入り、雲ノ平でのんびりした夏 HOT

2017年8月26日(土)から8月31日(木)の6日間、新穂高温泉登山口から雲ノ平、そして高天原を、ただ山に登るだけではなく、テント泊をしながら、秘湯の温泉につかり、黒部川の源流でイワナを釣りながら縦走した山歩きの紀行文です。

ルートマップ

ルートデータ

入山日
2017/8/26
下山日
2017/8/31
距離
59.8km
最高点
2860m

トレッキングレポート

今年は、もしかしたらアルプスに行けないんじゃないかと

毎年ながら、ここ数年の夏の天候は不安定だ。今年も例にもれず8月に入ってからというもの、毎日々10日間天気予報を見ては一喜一憂していた。梅雨明け前の7月はあんなに晴れていたのに梅雨明けした途端に雨ばかりだ。お盆の頃に少し期待できる予報だったのだが、この夏山真っ盛りの時期は混雑を考えるとどうしても行く気になれず、そこはスルーした。

言い訳をすれば、今回はただ山に登るという目的だけではなく、初めてフライロッド(釣り竿)を持って山に入り、いくつかの沢でイワナを釣って歩こうと思っている。そこまでして、あの日本の秘境と言われる領域にイワナを釣りに来ようという人は、そうはいないとは思うが、釣りは山とは違って、皆が皆、平等に楽しめる遊びではないので、できるだけ人がいない方がいいのだ。

今年もまた9月にずれ込んでしまうかなと思っていた8月下旬、26日(土)を境に停滞前線が抜けて、しばらく晴れが続く予報になっていた。そして、その予報は今年としては珍しく近づいても変わらず、「もうここしかない!」とばかりに25日金曜に準備をして、翌日の朝の電車で家を発った。これから向かう長野県中部は、午前中は雨で午後から晴れる予報で、今日の宿泊地に予定しているわさび平山荘は、登山口からわずか1時間のところにあり、急ぐ旅ではないので各駅停車でのんびりと松本に向かうことにした。朝から堂々と飲むビールがうまい。

心強いことに、実は今日はひとりではない。昨年から何度か一緒に山を登っているK君が、今日と明日の2日間同行してくれることになっているからだ。彼は、昨年まで東京に住んでいたのだが、今は故郷 長野に帰って松本市で暮らしている。そして、これまたありがたいことに松本駅から登山口である新穂高まで車を出してくれるという。

DAY1: 8月26日(土)新穂高温泉登山口~わさび平小屋

松本駅でK君に会い一路新穂高温泉登山口へ向かう。久しぶりに晴れた夏休み最後の土日だけあって、国道158号線はかなり渋滞していて、新穂高温泉登山口に到着したのは予定していたより大分遅くなってしまった。それだけならよかったのだが駐車場に空きがない。まさか空きがないなんてことは想定してなかったのだが、何度か駐車場を行ったり来たりしていると、丁度、下山してきたグループに出会い、その駐車スペースを譲ってもらうことができた。

16時半、準備完了、歩き始める。去年11月以来の久しぶりのテント泊で何か忘れているようで不安だったが、今日の行程は、1時間程度「ちょっとそこまで」なので、何か重大な忘れ物に気づいたらもう帰ればいい。

ゆるい登り傾斜が続く5キロ程度の車道なのだが、少し歩き始めるとザックのヒップベルトあたりの筋肉に強い疲労を感じるようになる。テント泊が去年11月以来なら、実は山に登ること自体も5月のハイキングのような、くじゅう山以来で、明らかにテント装備を背負っての登りに対して、身体の準備ができてない感じだった。ここ2ヶ月間は、来るべき山に備えて、ほぼ毎日6キロ、ジョギングしていたのだが、それは平地であり、山登りに使う筋肉は全く違うものだなと思った。

17時半、わさび平小屋到着。あわよくば、小屋の裏を流れる蒲田川で夕まづめ(夕方に釣りをすること)をと思っていたのだが、テントを張り終えると思った以上に暗くなり断念して、小屋前のベンチで夕食をすることにする。互いに持ってきたウィスキーを飲みながら、久しぶりに会ったK君との会話がはずむ。

K君と飲んで話すと大概「愛恋」の話になる。K君のプライバシーがあるので細かいことは書けないが、今回は「嫉妬」について語りあっていた。

DAY2: 8月27日(日)わさび平小屋~三俣山荘

4時半に起床、パッキングをして5時半に歩き始める。K君は、ピストン(往復)で、今日中にまたここに戻ってくるので、テントは張りっぱなしで最低限の荷だけで出発。空を見上げると天気予報通り雲ひとつないいい天気だ。20分ほど歩くと本格的に小池新道に入っていく。

よく整備された登山道が続く。秩父沢辺りに来ると笠ヶ岳の稜線に朝陽が差し始め、振り返ると歩いてきた谷の向こうに焼岳、そして、そのさらに向こうに乗鞍岳が見える。いつもながらに、この晴れた朝のフレッシュな空気は、これから何かとても楽しいことが起きるのではないかという期待をさせる。ただ、やはり足が動かない。全く早足で歩いている訳でもないのに、昨日、感じたのと同じ腰の両側に疲労がどんどん蓄積してくる。

イタドリヶ原で健脚な女子に抜かれる

イタドリヶ原辺りで、とある女子2人組に先を譲る。僕がヒィヒィ言いながら登っているのを横に、軽い足取りでさっそうと抜き去っていった。「あの軽快さ。あれは、かなりやってるな。」とK君と話しながら登っていると、その先のシシウドヶ原の休憩ポイントで、その彼女らに再び会った。

さわやかな笑顔で挨拶を交わすと「今日は、どちらまで行かれるんですか?」と聞かれたので、僕は三俣山荘までで、K君は双六岳に登って、もう今日中に降りると話した。一方、彼女たちは三俣山荘まで行くようだったが、できるなら雲ノ平まで行ければ...ということだった。

何だかんだこういうのが楽しい。街ではとても知らない女子たちと言葉を交わすことなんてあり得ないどころか、そんなことしたらたちまち警戒されてしまうだけだ。だが山ではそれが「あり」になる。そして、こうやって単純に女子たちと会話を交わすだけで、体に力がみなぎってくる。「シャンとカッコよく抜かれないペースで歩くぞ!」と。

僕の頭の中はとても単純にできている。いや、きっと僕だけじゃなくK君の頭の中も一緒のはずだ。その先、彼女らとは双六山荘まで抜きつ抜かれつで歩いて行くようになる。

ここにテント場があれば...鏡平はすばらしい景勝地

ひとしきり登ると鏡平に着く。「たいら」と名前に付く通り、平らな湿地帯にいくつか池塘があり、そのひとつは鏡のように逆さに槍ヶ岳を映すことでよく知られ、池の脇に作られたウッドデッキの上では多くの人が写真を撮りながら休憩していた。朝早く、ちょっと逆光気味だったが穏やかな水面に映しだされた「逆さ槍ヶ岳」は一見の価値があった。

そこから2~3分歩くと鏡平山荘に着く。山荘の前にはテーブルが置かれた広いウッドデッキスペースがあり、そこで休憩をとる。まだ9時前だがK君とビールを飲む。ここは本当に素晴らしい景色に囲まれたところだ。ここにテント場があったらどんなにいいだろうか。

先ほどの彼女たちも着いて隣のテーブルに座る。K君がすかさず色々話しかける。彼女たちは2人とも長野出身で、ひとりは松本市、ひとりは茅野市に、今、住んでいるということだった。北アルプスと八ヶ岳の玄関口、何ともうらやましいものだ。

山に行くとたくさんの人に出会い、中には、この人と知り合いになれたらいいなと思う人もいるのだが、ペンを持ってきている訳でもないので、いつもスマートフォンにメモ書きなどして、帰ってきてからフェイスブックで検索して、友だちになるということが時々あるが、いつもそれがちょっと煩わしく思う。なので、今回は予めそういうことに備えて手渡せば済むように山専用の名刺、名づけて「山名刺」を作って持ってきた。いや本当は、それよりも一向にアクセス数が増えない、今、ここで書いている、このブログの最も潜在的なターゲットがいる山で少しでもPRして歩こうという目論見だったのだが、その時は、その名刺を持っていることはすっかり忘れていた。K君の「後藤さん名刺渡しときましょうよ。」という一言で持っていることを思い出した。

そう言えば、こんなものを作ったと、昨夜、K君に渡していた。今現在、松本市に住んでいるK君は、信濃大町市出身で、松本市にはあまり友だちがいないようで、そこで新たな友だちを作りたいようだった。

何だかちょっと突如過ぎる気もしたが、せっかく作ってきた山名刺を彼女たちに手渡した。これで連絡が来るかどうかは彼女たち次第。なんだかちょっと試されるような気分がした。

もうヘロヘロだったが双六岳の稜線を歩いて三俣山荘へ

鏡平から1時間ほど登ると稜線に出る。本格的な登りはここまでなのだが、今日の調子の悪さで、もうヘロヘロになりながら、その先にある双六小屋まで下って行き休憩をした。

K君は今日までの予定で、また今日中に新穂高温泉登山口に戻らなければならない。本当は、双六小屋からピストンする双六岳の山頂までK君と一緒に行きたかったのだが、下山までのタイムリミットがあるK君が僕が登るペースに合わせてもらうと遅くなってしまうので、先に双六岳に登ってもらうことにした。

双六岳をピストンして降りてきたK君とは、僕が双六岳を登る登山道の途中で再び会い、今回、一緒に来てくれたことへの謝意を告げ、「また近々一緒に行こう!」と話して別れた。

疲れてはいるが、今日の目的地の三俣山荘までは時間には余裕があるので、天気も良く、せっかくなので景色のいい双六岳~丸山~三俣蓮華岳の稜線を歩いて三俣山荘に向かうことにした。ずっと槍ヶ岳を眺めながら歩く贅沢。また、丸山ではライチョウにも出くわした。

楽しかった三俣山荘の夕暮れどき

15時過ぎ三俣山荘に着く。ここにテントを張るのは初めてだ。風よけになるハイマツに囲まれた平らなサイトが点在するいいテント場だ。なるべく小屋から近いサイトにテントを張り、夕食の準備をして山荘前のテーブルで持ってきたウィスキーを飲み始める。

夕暮れも迫り、ちょっとだけ寂しい気分でウィスキーを飲んでいると、あの女子たちが山荘から出てきた。何度か出会っただけで、全く知っている訳でもないのに、旧知の仲間にでもあったかのような気持ちになった。ひとりで山に来るときは少しだけ、浮世離れで、厭世的な気持ちを持って来るところもあるのだが、結局、いつも人が恋しくなる。「山を思えば人恋し、人を思えば山恋し」。よく言ったものだと思う。

彼女たちは、とてもフレンドリーで色んなことを話して夕暮れ間近のひとときを過ごす。また、いつも小屋泊まりする彼女たちは、テント泊に興味があるようで、僕のテントに来て、テント泊に必要な道具などについて質問したり、実際、テントやシュラフに入ってみたりした。

テント泊は、2人で1枚の布団などの小屋の混雑が避けられ、プライベートが守られていいことや、意外と暖かく快適に過ごせることなどを話したりした。そんなことをしていると彼女たちと見ようと話していた鷲羽岳のアーベンロートの時間は過ぎて、太陽は西の山の端にすっかり落ちてしまっていた。

明日、彼女たちも雲ノ平に向かう予定で、道中また会うかも知れなかったが、別れの挨拶をして再びテント場に戻った。今、思い出してもとても楽しく、ほっとするひとときだった。

DAY3 : 8月28日(月)三俣山荘~雲ノ平

4時半過ぎテントから出る。前日、5時くらいには歩き始めようと、4時に起きようと思っていたのだが、辺りがあまりにも暗くてとても起き上がる気にならなかった。夏至から2ヶ月近く、悲しいかな既に日の長さは、かなり短くなっていることを感じる。こうして、どんどん日が短くなっていって寒い寒い冬がまた訪れるのか...ここ数年、冬の楽しみも見つけようと冬山も登るようになっているのだが、やはり装備にしばられず行動できる夏山が自由で好きだ。

5時半、テントを撤収して出発する。昨日のことを思い出すとまだ楽しい気持ちになる。そんな余韻に浸りながら黒部川源流の谷へ下っていく。今日の目的地は雲ノ平。ここ三俣山荘から直接行けば、たった3時間程度の行程だが、直接、雲ノ平に行くのか、または、黒部源流を岩苔乗越まで登り、岩苔小谷を下り、高天原温泉経由で雲ノ平に向かうのかは、行き当たりばったりで決めようと思っていた。こういう柔軟な選択も夏山の自由さだ。

その前に黒部川の源流では、ひとつやってみたいと思っていることがある。それは、その黒部川最源流部までイワナがいるのかどうか、そして、いるのなら、どれくらい源流までイワナがいるのかを釣って確かめてみたいと思っていた。ネットで検索してみるのだが「黒部源流」「イワナ」「釣り」での検索結果は、ほぼ全てイワナ釣りで有名な薬師沢小屋や奥黒部ヒュッテ周辺のことばかりで、この最源流部についての情報はほとんどない。

釣りをするとなると山登りとは、また違ったわくわく感がある。魚を捕まえると、その場所のことを一気に理解したような気分になる。やっぱり祖父から受け継いだ根っからの釣りキチだ。

黒部川 最源流部のイワナを釣る

朝6時過ぎ、雲ノ平に向かう登山者を横にフライフィッシングの準備をする。イワナがいるかどうかわからないので、話しかけられるのが恥ずかしいので、なるべく人目につかないように渡渉点から40~50メートル下ったところから釣り始める。ここ最近の雨で若干水量が多いようだ。ウェーディングシューズを持ってきてるわけではないので、登山靴を濡らさないようにするのに苦労する。

エルクヘアカディス#14のフライ(毛鉤)で釣り始める。いかにもいそうなポイントは続くのだがアタリがない。まあ、たった今、自分が上流から川づたいに降りてきて、すぐに釣り上がっているのだから、イワナがいたとしても警戒されて当たり前といえば当たり前だ。

少しずつ上流に釣り上がったところで対岸にある小さな落ち込みにフライを落とすと、何かフライをつつくような小さな反応があった。まぎれもなく魚の反応だ。このことがわかると俄然やる気が違ってくる。そこからポイント、ポイントを丁寧に釣り上がる。何度か同じようなアタリがあるが掛からない。

渡渉点を越えてさらに上流にやや大きめの流れ出しの上に3~4メートルほどの開きがあり、そこにフライを落とす。フライは水流に沿ってしばらく流れ、その開きの流れ出しから1メートルほど上流にある大きめの石の左脇を過ぎようとしたとき、水面を割って何かがフライにアタックしてきた。とっさにロッドを立ててアワせると、ずっしりとした重みがロッドに伝わってきた。

黒部の源流で初めての感じる魚の手応えに緊張感がはしる。魚は、まず勢いよく上流へ突っ走ったと思ったら、次の瞬間、手前側にある下流にに向かって走り始めた。引っ張られている間はいいが、手前に向かって来られるとラインがたるんでバレてしまう(魚が外れること)。急いで手元のラインをたぐり寄せてラインのテンションを保つ。そして、そのまま少し強引に流れの脇の浅い小砂利の上に魚を引きずり上げた。

25~26センチほどの見事な天然のイワナだ!この黒部源流部のネイティブのイワナだけに野性味あふれる黒々した魚姿をイメージしていたのだが、意外にも淡い色の普通っぽいニッコウイワナだった。フックを外して写真を撮る。この黒部の源流で初めて捕らえたイワナだけに興奮で手が震えた。「やった!」

その後、その上流を20~30分かけて50メートルほど釣り上がる。何度かアタリがあったが仕留めるには至らなかった。でも今はそれでも構わない。この黒部の源流で1尾をキャッチしたことには違いはないのだからー。登山の途中でもあるので、今日の釣りはここで切り上げた。たった1尾だが、大きな満足感に浸った。

釣りに2時間ほど費やしただろうか。高天原温泉経由で雲ノ平に行くにはちょっと時間的に厳しくなったので、今日はこのまま、A案の直接、雲ノ平に向かうことにした。B案では、高天原で温泉に入り、実は、さらにもう一か所イワナを釣ろうと考えている沢があり、そこでまた釣りをする時間のことを考えると、とても今日、高天原温泉経由で雲ノ平に行くことが不可能なことは明らかだった。

黒部川源流の凍てつく水に落としてしまった...

黒部川の源流で釣りをしていると、昨日の彼女たちとまた出会った。こちらを見つけると手を振ってくれた。嬉しい。彼女たちはここで黒部源流を渡渉して雲ノ平に向かうのだ。釣りをしている僕にとっては、これくらの沢を石伝いに渡ることは何ということないのだが、数日前の雨で少し水量の多いこの源流のどこを渡るのがいいのか困っているようだった。いや、釣りをしながら見ていると、彼女たちだけではなく、多くの登山者がここを渡るのに苦労しているようだった。

手助けしよう。「こういう時こそ、男としてカッコいいところをみせる絶好機だ!」僕はできるだけ楽に渡れるような場所がないか見て回ったのだが、やはり登山道として渡渉するようになっている場所にはロープも付いており、一番渡りやすいだろうと渡渉点にある浅く沈んだ二つの石に両足をまたぎ、支えようと彼女たちに手を差し出した。

最初にAさんが渡ってくる。差し伸べた手を握り、彼女が向かい側の石からステップするこちら側の石に足を運んだ時、彼女の靴がその石の上ですべってしまった。

「やばいっ!」と思った瞬間、彼女の片足が水に浸かり、すべった石の上にしゃがみ込むような態勢になって濡れていた。握った手で必死に持ち上げようとするが、すべる石でなかなか態勢を取り戻すことが難しく、おそらく数秒間だろう、彼女を水に浸からせてしまった。何とか立て直して対岸まで渡ってもらい、次のBさんはうまく渡ってもらったのだが、Aさんをしっかり支えられなかったことに、何だかとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

男としても全くカッコよくなかった...(泣)

咲き誇ったチングルマを見るのは初めてかも知れない

黒部川の源流から雲ノ平に向かってつづら折りのと登山道を一気に300mほど登り詰め、ハイマツ帯を抜けると、次第に見通しが利く緩やかな平地が広がり雲ノ平らしい風景になってくる。大きな雪渓の横を過ぎると、その先からは花畑が広がり、既に綿毛になったチングルマの中に、まだ可憐に白い花を咲かせているチングルマもたくさん残っていた。例年の北アルプス縦走では9月に山を歩いていることばかりだったので、こんなに咲きほこったチングルマを見るのは初めてかも知れない。

登山道が木道に変わり、広々とした平らな高原が広がるその中央部にメルヘンチックな赤い屋根の雲ノ平山荘が見えてくる。天気も良く、今日、高天原温泉に行くために谷に下らなくてよかったと思った。温泉は晴れでも曇りでも気持ちいいのは変わらない、釣りならむしろ曇っている方がいい、だけど、雲ノ平を気分よく歩くにはやはり晴れていることに越したことはない。

雲ノ平に向かうハイマツのトンネルを抜けると...

雲ノ平に向かって緩やかに下る背丈の高いハイマツに囲まれた木道を抜けたところで、雲ノ平山荘に寄って戻ってきた先ほどの彼女たちとまた出会う。同じコースをピストンで歩いているのだから、また出くわすのは分かっていることなのだけど、やっぱり出会うと嬉しくなる。

ふたこと三言、言葉を交わす。彼女たちの今回の山歩きの行程は明日までなので、今日はもう双六小屋か鏡平山荘まで戻り、明日、早いうちには下山すると言う。この2日間、また、どこかでばったり出会うかもというワクワクした気持ちでいたのだけど、いよいよこれが本当に最後なんだと思うと、「今日からこの山で一人になってしまうんだな。」と、ちょっと切なく寂しい気持ちになった。

バックナンバーの「高嶺の花子さん」のサビのフレーズが頭の中に流れてきて、何度もローテーションした。

2年ぶり2度目の雲ノ平キャンプ場

雲ノ平キャンプ場に着く。まだ午前10時半過ぎだが、今日の行程はここで終了。テントもまだ3張りしかない。雲ノ平は2回目だが、その時は、遅い時間に到着して、翌日も、あまりゆっくりはしている余裕はなったので、次に来たときは、ここ雲ノ平でひもすがらゆっくりと過ごしてみたいと思っていた。

テントを張り終えると祖父岳の山頂が雲に覆われ、次第に空全体に広がってくる。今日はこれからどこに行く必要がないのでテントに入ってシュラフにくるまれ登山地図を眺めていると、昨日の疲れがまだ残っているのか、いつの間にか眠っていた。

2時間ほど眠っていたようだった。テントから外を覗くと祖父岳の空は、雲が抜け、再び青く晴れ渡っていた。ザックに水、ガスストーブ、クッカー、そしてポタージュスープ、コーヒー、念のためレインウェアを放り込み、カメラを首に掛け雲ノ平界隈の散策に出かける。

やはり、ここ雲ノ平は、多くの登山者が一度は来てみたいと評される秘境だけある。来たシーズンによって、それぞれ、また異なった美しさがある。今回は、このまだ夏の香りが残るこの季節に来ることができてよかった。

こういう山歩きがしたかった。急ぐ必要のない雲ノ平の一日

よく整備された木道を雲ノ平山荘を左手に見ながら進み、その先で左折、祖母岳に向かう。祖母「岳」とは言っても雲ノ平の平原がちょっとだけ盛り上がっただけの見晴らし台のようなところだ。山頂の祖母岳の標識の横には「アルプス庭園」ともカッコ付きで書かれている。そこには木製のベンチが設置されていて、開けた南東方向の真正面には水晶岳が堂々と座している。

先にいた2人のグループが去ると、そこは誰もいない僕1人だけの空間になった。青い空の下、少しだけ秋を感じるような平原を吹き渡るさわやかな風が心地いい。ガスストーブでコーヒーを沸かして飲む。贅沢な時間だ。毎年のアルプス縦走で、期日が限られた中、登りたい頂や踏破したい縦走コースなど、それぞれ「やっておきたいこと」などがあったりするのだが、ここ雲ノ平は、そんなことに囚われず贅沢に一日を過ごしたい場所だ。

2時間ほど誰もいない山頂で寛ぐ。アラスカ庭園にも行ってみようかなと思ったのだが、思ったよりも遠く、15時半を過ぎたのでテント場に引き返すことにする。テント場に戻ると3張りだったテントが15張りほどになっていた。8月とは言え、この平日のテント場に15張りだ。最盛期には一体どれだけのテントの花がここに咲くのだろう。

ただ一点、そのことを象徴するかのように雲ノ平キャンプ場のトイレは残念なことに猛烈に悲惨な状態だった。ちょっと遠いが雲ノ平山荘のトイレを使うようにした方がいい。

DAY4 : 8月29日(火)雲ノ平~高天原温泉~三俣山荘

夜半過ぎから風が激しくなる。5時、テントから出ると雲ノ平は霧に覆われ、今にも雨が降りそうだった。今日のメインテーマは「温泉」と「釣り」だ。天気はあまり関係ない。雲ノ平で風雨が激しかったとしても高天原に下る道は、ほとんど森の中なので、稜線歩きのように風雨にさらされてびしょ濡れになり、惨めな気持ちになる心配も少ない。

今日は、高天原に下りた後、またここに戻ってくるのでテントは張りっぱなしで出発する。雲ノ平山荘横の木道を右折して高天原に向かう。高天原は、雲ノ平から標高差で500メートルほど下った谷にあり、そこにある高天原温泉は「日本で一番遠い温泉」と言われている、知る人ぞ知る秘湯中の秘湯だ。

大石がゴロゴロとした登山道が続く。ときどきパラパラっと雨が降ってきたレインウェアを着ようか迷う。

雲ノ平から高天原への下りは予想外に険しかった

高天原への下りは予想以上に急峻な下りだった。あちらこちらに大きな木の根が張り出していて歩きにくい。黒部の最奥の鬱蒼とした薄暗い森は今にも大きな熊が出てきそうで、時々、大きな音で咳払いをしながら進んでいく。3日も4日も風呂に入ってないと、やはり風呂に入ってサッパリしたくなるが、この道をまた登り返すとなると、せっかくサッパリしても、帰りには、またすぐに汗だくだろう。まあいい。秘湯だ。それ以上に入ることに意義があるのだ。

ザックの荷物が軽いのもあるのだが、縦走4日目ともなると、毎度のことながら体がフィットになってくるのを明確に感じるようになる。ほぼコースタイムの半分くらいの時間で高天原山荘に到着する。

途中、戻る時に釣りをしてみようと思っている岩苔小谷の沢を渡った。黒部源流と同じく若干、水量は多めのようだったが、谷を流れる落差大きい滝のような沢ではなく、フラットな流れのフライフィッシングに向いた渓相だった。

日本一遠い温泉 高天原温泉を独り占め。ここは極楽だ

高天原山荘の小屋の前にある料金箱に入浴料300円を入れ高天原温泉に向かう。温泉へはここからもう20分下った温泉沢と言われる谷にある。道すがら誰ともすれ違うことがなかった。これで湯船に浸かっている人がいなければ、いわば、秘湯の貸し切り露天風呂だ。「誰もいるなよ、誰もいるなよ」と念じながら到着すると嬉しいことに本当に誰もいない。

高天原山荘に管理されているだろう高天原温泉は、沢を挟んで、露天の湯船が左岸に2つ、右岸に2つあり、右岸にあるひとつは女性専用で、よしずの掘っ立て小屋になっている。また、右岸のもうひとつの露天風呂には、横にお粗末ながら東屋の脱衣所もあった。

面白いことに、基本的にどの湯船も若干ブルーがかった白濁の湯だったのだが(女性のは見てないが)、左岸の上流部にある湯船だけはなぜか無色透明の湯をたたえていた。

左岸の下側の一番、景色がいい湯船の脇に着ていた服を脱ぎ払って、さっそく湯に浸かる。36~37℃の僕が好きな温湯だ。話しかける相手もいないのに「あー極楽極楽!」と自然とひとり言で「極楽」という言葉が出てしまうところが歳を重ねたことを物語る。

どうせ誰もいないし来る気配もないので、この日本一遠い温泉では、素っ裸のまま、自由気ままに、それぞれの湯をハシゴしたり、あちこちにカメラをセットして入浴シーンを自撮りしたりして、ゆっくり1時間ほど満喫させてもらった。

温泉を出て、高天原山荘に戻る道を半分くらい帰った所で、温泉に向かうご夫妻とすれ違った。温泉では自由気ままにやり過ぎていたので危ないところだった。

野性味にあふれる高天原 岩苔小谷の沢のイワナ

9時過ぎ、岩苔小谷まで戻る。如何にも大イワナが潜んでいそうな渓相だ。黒部の源流より、こういう森の中を流れるフラットな沢の方が好きだ。岩苔小谷の沢に掛かる小橋の脇にザックを置き、上流側の岩の上に降りてフライロッドのガイドにラインを通す。視認性重視で今日も#14のエルクヘアカディス。もうどこもここもポイントだらけだ。数メートル上流の一番目立つポイントにフライを送り込む。流れに従ってきれいにフライは流れるのだが出ない。2投目も出ない。3投目、出ない…

イワナは気まぐれなところがあり、同じところに同じようにフライを流していると怪しい思っても本能的に飛び出してくることがよくある。イワナは反応がなくても同じポイントをしつこくしつこく攻めることが大切だ。

4投目、僕の大きめのフライが流れている真横で、イワナが大きなしぶきをあげてライズした。すかさずピンポイントで、今、ライズした場所にフライを打ち込む。透明な流れの奥から黒々とした魚体が、全く警戒心を感じさせない勢いで水面を大きく割ってフライに飛びついてきた。すごいパワーで僕の7フィートのフライロッドを曲げてグングン引っ張る。こんな魚の手応えは久しぶりだ。

ひとしきり、この大イワナと、行ったり来たりのやり取りを繰り返し、少し引く力が緩くなってきたところでゆっくりゆっくり手前の浅い砂利の上に、その大イワナを引き寄せた。

「大きいっ!」

尺(30センチ)は十分に超えるサイズだ。頭がどす黒く野性味があり、また、その全長以上に肉厚でがっしりとした魚体は惚れぼれするほど筋肉質で、その力強い引き加減に納得がいった。これが最初の1尾目かよ…岩苔小谷のポテンシャルに恐れ入った。

その後、50分ほどの間に、この小橋の上流50メートルくらに間と、少し下流に下った登山道が森から抜け出した地点にある前後20メートルほどの区間だけで6尾のイワナを仕留めることができた。

どこにキャストしてもイワナがウヨウヨいて、面白いように釣れるじゃないかと思うと、楽しい反面、テクニックも戦略もあまり関係なく、釣り人の性としてはちょっとどうなんだろうという気持ちにもなるが、この沢が紛れもなく、とてつもなく素晴らしい沢で、また、必ず訪れたいということだけは間違いない。

ちょっとやそっとじゃ簡単に行くことのできない秘境にある沢なので、場所も詳細に記しているが、この沢の素晴らしいイワナたちが未来永劫ずっとずっと、この地で、時々、釣り人を楽しませながら生き続けられるように、この地で釣りをする人のマナーを信じたいと思う。

絶対に獲って食べるなとは思わないが、キープしても2~3尾をバッグリミットとして、基本的にリリース前提で、バーブレスフックを使用、ルアーならシングルフックで釣りをすることをお願いしたい。これだけ釣れるなら大概の釣り人は2時間もやればもう飽きるほど大満足すると思う。

せっかく高天原温泉で数日分の汗を流したのだが...

また、だらだらに汗をかきながら雲ノ平に登り返す。雲に包まれていた午前中がウソのように雲ノ平の空はまた晴れ渡っていた。山荘に寄って500mmのビールを買って、山荘の掲示板に書かれた天気予報を見る。どうやら明日は、曇りから雨の予報で、これから次第に天気は下りに向かっていくようだった。

本来の予定では、明日は読売新道を通過して奥黒部ヒュッテに行くことにしていたのだが、10時間程と行程が長く、そこは途中にエスケープルートもないので、もし朝から雨が降って早立ちできなければ、安全な時間に奥黒部ヒュッテまで到達するのが難しくなる。また、そこまでして雨の中、予定通りに読売新道を歩く必要があるかというと、展望がいい稜線歩きなので、せっかくなら晴天が見込まれるまたの機会に歩く方が断然いい。

また、明日、読売新道を歩かないのなら、この縦走の最後は、新穂高温泉登山口にまた下りて行くことになるので、だったら、この今の晴れの内に、ひとつ先の三俣山荘まで戻っておけば、何かあってもスケジュールに余裕ができる。さらに、三俣山荘の方が、もし明日、すっきり晴れた場合でも、ここ雲ノ平から読売新道を通って奥黒部ヒュッテに行くより30分ほどコースタイムを短くできる。

ビールを飲み干して急いでキャンプ場に戻り、テントを撤収して、13時半、三俣山荘に向かった。

テントのまわりに溝を掘っておいてよかった

16時過ぎ、三俣山荘についてテントを張る。2日前、ここでテントを張った場所が良かったので同じサイトに行くが、すでに2張りあり、そこで残っているのは、周囲よりちょっと低くなったスペースだけだった。他のサイトも見て回ったが、若干、傾斜していたり、いいサイトは小屋から離れ過ぎていたり決め手に欠いたので、最初のサイトに戻って邪魔ならないように2張りのテントの向かいに張ることにした。

周辺より窪みがかったそのスペースには、一段上にあるテントサイトから、水が流れ出した跡があり、大雨や雪解けのシーズンには、そこは水の流れ道になることは容易に予想できたが、その時は疲れていて早くテントを張りたいし、また、雲ノ平山荘で見た明日の天気予は「曇りのち雨」で、その予報なら、おそらく明日早朝からは降ることはないだろうし、もし降っても、夜の間から激しい雨になることはないだろうと思い、多少、不安な気持ちがありながらも、もうそこにテントを張ることにした。そして、その頃、空にはまだ青空が見える程度に穏やかだった。

18時を過ぎ日没時間が近づくにつれて、次第に風が強くなり始め、ちょっと前まで見えていた三俣蓮華岳はすっかり雲に覆われて見えなくなっていた。そればかりか、時々パラパラっとテントに打ちつける小雨の音も聞こえるようになった。予想外に早い雨の足音に、テントの中で何度も何度もテントを移動させようかどうか迷ったが、ここにある荷物を、全て一旦テントの外に出して、ペグを打ち直して...と考えるとやはり、とてもそんなことをする気にならず、まさか大雨にはならないだろうと都合よく思い込むしかなかった。

それでも、夜中にテントが水浸しになり、シュラフも濡れるようなことを想像すると、とても不安でたまらなくなる。少なくとも気休めでも何か対策ができないかと、その辺に落ちていた石で、万が一、テントサイトに雨水が流れ始めた場合、その流れがテントを迂回するように溝を掘った。案の定、夜半過ぎから雨脚はどんどん強くなってきて、強風と共に激しくテントに打ちつけた。

翌朝、テントから出てテントの回りを見てみると、この溝が僕のテントの下を雨水が流れるの防いでいたことは明白だった。溝には多くの雨水が、そこを流れた跡があった。

DAY5 : 8月30日(水)三俣山荘~双六小屋

テントの浸水が心配で1時間ごとに目が覚めるような状態で夜明けを迎える。外は、まだ激しい風雨で、早々に、今日、読売新道から奥黒部ヒュッテに向かうことは諦めることにした。テントマットの下を手で触ってみるが、テントの下を雨水が流れているような感じはなかった。

この時点で、この山歩きは、あとは明後日までに、ここ三俣山荘から新穂高温泉登山口に下山するだけの楽なスケジュールになったので、もうこの激しい雨が止むまで、もうひと眠りすることにする。やはり外が明るいということは心強く、激しい雨は今だ変わらないのに、ぐっすりと2時間ほど眠ることができた。

8時頃になると雨はやみ風も治まってくる。山荘に行って天気予報を確認すると、今日は12時頃から急速に天気は回復して、明日は晴れるようになっている。このまま明日も天気が悪いようなら今日中に下山することも考えていたのだが、こうも天気がいい予報だったので予定通り、今日は双六山荘でもう1泊することにした。

双六山荘まではたった3時間の行程だ。昨夜の雨で濡れたテントをこのままパッキングするのは嫌なので、テントが乾くまでの数時間、また黒部の源流に下りてイワナを釣ることにした。

山登りに不都合な天気は、釣りにとっては好都合

あんなに雨が降ったにも関わらず、黒部源流の水量はほとんど増えていなかった。谷から見上げる鷲羽岳山頂は、まだまだ厚い雲に覆われた曇天で、釣りをするにはとてもいい条件だ。

1投目からイワナがフライを食ってくる。この日は、気象条件も時間帯も良かったのだろう。黒部源流の渡渉点から400~500メートルを3時間程で、渡渉点から岩苔乗越までの登山道がすぐ沢沿いに合流する地点まで釣り上がったが、どれも25センチ以上のイワナを6尾キャッチした。残念ながら手元で4~5尾逃したのだが、イワナはそれくらいよくフライを追ってきた。

渡渉点から釣り上がった最終点の丁度中間あたりで源流は、小さな沢を右に分けるのだが、その先にある大石の急峻な滝状の流れの上に行くと、イワナのアタリがピタリとなくなった。午前11時。時間的にイワナがフライを追わなくなったのか、それとも、そこが、この黒部源流の魚留の滝なのかも知れない。

三俣山荘に戻り、ありがたく乾き切ったテントを片づけて、13時過ぎに双六小屋に向かう。途中、何人かに「源流で釣りをしていませんでした?釣れましたか?」と声を掛けられた。案外見られていたようだった。

今回の山歩きの食材選択は完全に失敗だった

双六山荘のテント場にテントを張り、ビールでも飲もうかと小屋に行く。小屋の壁には「カレーライス 1000円」「カルビ丼 1000円」「五目ラーメン 1000円」...と悩ましいメニューが並んでいる。

いつものことなのだが、今回も例にもれず、ここまで持ってきた食料の半分どころか、三分の一も食べていない。朝ごはんと行動食兼用で持ってきたグラノーラなどは、初日の朝にひとつまみ口の中に放り込んだだけだし、メインのパスタは2食しか食べていない。僕のエネルギーは、ポタージュスープとミルク塩キャラメル、ビールなどの酒類で動いているようなものだ。

楽しいことをしている最中は、あまり腹が空かないというのもあるのだが、今回は、それ以上に自分が持ってきた食材を食べようという気にならなかった。

特にパスタはダメだった。汁気の少ないインスタントタイプの混ぜるパスタソースは全く食べる気にならなかった。「これじゃ動けなくなるから取りあえず掻きこまないと!」と食べてみるが、逆にちょっと吐きそうな気分になるなど、胃も受け付けてはくれない感じだった。

ただ、一方、そんな状態の時に食べたがったのがインスタントラーメンだ。今回は食料をコンパクトにまとめたかったので、かさ張るインスタントラーメンは持ってこなかったのだが、適度な塩分のスープを炭水化物と一緒に口に「流し込む」ことができるラーメンは、そんな状態になった身体には最も効果があるように思った。食材の選択についてだけは今回は完全に大失敗だった。

キャンプ最終日の晩餐として軽食メニューの「五目ラーメン」を食べる。疲れていて塩分を欲している今の僕の体には、かなり薄味に感じたのだが、とろみのついた具のあんかけ中華風ラーメンは体に染みた。

どうして、もっと手助けしてあげないのだろうか...

南側に開けた双六小屋のテント場は、いつ来ても強い風がテント場に吹いている。以前、ここでテントを飛ばされている人を見たことがある。風を受ける面を小さくするため、テントの狭い面を風下にして、しっかりとペグを打ち込み、大きな石を運んできて細引きでテントを固定する。さらに下から吹き上げられないようにテントの回りに石を置く。

夕方17時過ぎ、ちょっと遅い時間に僕のテントの10メートルくらい斜め後ろに女性が到着してテントを張っているようだった。その位置は、僕のテントからは見えない角度にあったので音しか聞こえないのだが、強い風の下、張ろうとしているテントがバタバタとあおられている音と何かひとりごとを言っているような声がした。

そこにテント泊している男性が通りがかったようで、何やら2人の会話が聞こえてきた。

女性は、この強い風でテントを張るのに苦労しているようで、しかも、今日が初めてのテント泊で、さらに、自宅以外で今日持ってきたNIMOのテントを張るのは初めてだということを話していた。どうしても来たかったのかも知れないが、いきなりこの風の強い稜線のテント場に、しかもソロでかい!?とちょっと突っ込みたくなる感じだったが、運よくその男性に手伝ってもらって、無事テントを張ることができて良かったなって思っていた。

ところが、夕刻、辺りが暗くなり始めた頃、最後にトイレでも行っておこうとテントを出て、先ほどの彼女のテントの横を通ると、その雑なテントの張り方に唖然としてしてしまった。この強い風の中、テントの広い面を風下にして、フライシートはゆるゆるに張られ、細引きに繋がれた石は頼りないほど小さく、さらに張った場所の関係上、出入口はペグで固定できるところになくバタバタと風にあおられていた。

「これはひどい...」

どうして先ほど手伝っていた男性は、テント泊が初めてだというこの女性にもっとアドバイスしてあげなかったのだろうか...もしかしたら、頼まれたことだけ手伝ったのかも知れないが、これでは、今夜の気象状況によっては危険だし、何よりテント泊が初めてという彼女が、夜中じゅう風にあおられるテントの音で怖い思いをして、二度とテント泊をしないようにならなければいいのだがと思った。

DAY6 : 8月31日(木)双六小屋~新穂高温泉登山口

最終日、5時に起きる。夜中じゅう風が強かった。幸い斜め後ろの彼女は、何事もなく朝を迎えることができたようだった。彼女がこれからもっと風の激しい稜線のテント場で、これくらいのテントの張り方をしておけば大丈夫と、今回の経験がそのベースにならないことを祈るばかりだ。

晴れるという予報だったが、雲が垂れ込め、時々パラパラっと小粒の雨が落ちてくる。今日はただ下山するだけなので出発の準備をする間だけ雨が降ってくれなければ、それで十分だ。

雨が降ってない間に急いでテントをパッキングする。

夜中に風が吹くことは悪いことばかりではなく、テントが結露しないというメリットがある。結露したテントは本来の1.2~1.3倍くらいの重さになる。できるなら夜中じゅう緩い風がずっと吹いていてくれるのが理想的だ。

「一期一会」の出会い

初日に登ってきた小池新道を下りていく。曇りがちの天気の中、花見平では4羽のライチョウがすぐ目の前に現れてくれた。鏡平で逆さ槍ヶ岳を期待するが、槍の頂は深い雲に覆われていて、その穂先をあらわにすることはなかった。

ここにきて両足のかかとに靴ずれができたようで絆創膏とテーピングで応急処置をする。

ここを登る時に出会った女子たちとの楽しかったひと時を思い出しながら、シシウドヶ原、イタドリヶ原を下っていく。ほんの数日前の出来事なのにずいぶん昔の出来事のように思えた。

年に一度のアルプス長期縦走には自営業という気ままさで、天気予報を見ながら行く時期を延期したり、またはイマイチ気分が乗らず突然止めたり、あるいは突如として思い立ったりして、サイコロを振るように偶発な日程でいつも来る。

そこで道すがら出会い、さらに知り合う人たちとは何かしらの縁があるんだろうなと思う。一方、数日歩いても、ほとんど誰ともまともな会話を交わすことなく終わる山歩きもある。「縁」が転がってない場合もあるのだろう。

一期一会と言うが、こういう縁に結ばれた出会いの素晴らしさを、これからも大切にしたいと思う。

旅が終わる。今年もまた充実した山歩きができてよかった

長い林道歩きが終わって、6日前に出発した新穂高温泉登山口に戻ってくる。インフォメーションセンターの裏にある中崎温泉に入り、サッパリと爽やかな気分で1時間後に出発する平湯温泉行の路線バスを待つ。8月31日。8月と共に僕の夏休みも終わろうとしている。

今年もいい山歩きができた。さあ来年はどこに行こう!!

データ

  • 入山日: 2017年8月26日(土)
  • 下山日: 2017年8月31日(木)
  • 登山エリア: 北アルプス
  • 登山ジャンル: 縦走登山
  • 登山スタイル: テント泊
  • メンバー: ソロ
  • 天候: 8月26日(土)晴れ
    8月27日(日)晴れ
    8月28日(月)晴れ一時曇り
    8月29日(火)曇りのち晴れ
    8月30日(水)小雨のち曇り
    8月31日(木)曇りのち晴れ
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