広河原~北岳~間ノ岳~農鳥岳~奈良田は、今シーズン中にどうしても行きたいルートだったが、8月は足の故障、9月の連休は台風15号で広河原までのバスが動かず、南アルプスよりも北アルプスに最初に行くことになってしまった。
今回の山行は奈良田までマイカー、そこから登山バスで広河原まで入り北岳~間ノ岳~農鳥岳~奈良田に戻ってくる周遊ルート。
ネットで調べると奈良田に向かう県道37号線は22時~6時まで工事のため夜間通行止めのよう。
藤沢を21時半に出発。2時前に工事ゲート手前についた。すでに7~8台の車が列をなしていたが翌朝ゲートが開く頃にはかなりの台数になっていたようだ。
奈良田の第一駐車場は20台も駐車できないのではないだろうか。通り過ぎて第二駐車場へ向かう。こちらは結構な広さだ。
皆、車を停めるやいなやザックをバスの列に並べて順番をキープして準備はその後だ。正直、こういうのはどうしても好きになれない。
結局、準備をしてバス待ちの列の後ろの方に並んだ。それでも臨時のバスが出たので座って広河原まで行くことができた。
■1日目 広河原~白根御池小屋~北岳肩の小屋~北岳~北岳山荘
6時30分、広河原アルペンプラザをスタート。2週間前の北アルプス縦走に続いて最高の天気だ。標高1500メートルの朝の空気が清々しい。
かつて何度かフライフィッシングできた早川越しの空に今から目指す日本第2位の高峰北岳の頂が秋晴れの澄んだ青い空に浮かびあがっている。
いつもながら単独というスタイルで山登りをするとき、これから始まる旅への期待と不安で高揚する。
大樺沢ルートは台風の影響で通行不可。白根御池小屋経由で北岳に向かう。三点支持する程のことはないが最初からタフな登りが続く。
体調はいいが、先々週の北アルプスで岳沢から前穂高岳の間で疲れ切ってしまった反省もあり抑え気味に歩く。
断続的な登りが一段落すると「急登ここまで」の看板があり、水平移動になる。緩やかにアップダウンをいくつか繰り返し登山道が石畳のようになってくると白根御池小屋だ。
小屋は新しくキレイだが、白根御池は緑色に淀んだ水たまりだった。
白根御池小屋から二俣経由で八本歯のコルを登るか、草スベリを登るか標識の前で迷ったが、八本歯のコルを登ると北岳山頂まで往復で重なる区間ができてしまうので今回は草スベリから登る。来年、大樺沢が通れるようになったら最短コースで一気に登ってみよう。
草スベリを歩き上がり、森林限界を抜け、小太郎尾根まで登り切ると一気に展望が開ける。振り返れば5月に登った鳳凰三山の峰々、その南側に雲から頭を突き出た富士山。小太郎尾根筋向こうには雪のように白い岩々を頂に配した甲斐駒ケ岳、そのやや西側に仙丈ケ岳。そして、今から向かう北岳がぐんと近づいてきた。
眺望の利く気持ちいい稜線歩きが北岳肩の小屋まで続く。肩の小屋で昼御飯にする。広河原から3時間40分程。気づけば相当にいいペースで登ってきている。
このペースなら農鳥小屋まで行けるなとも考えたが、農鳥小屋のオヤジは15時を過ぎる登山客には厳しいらしいので当初予定通り北岳山荘に泊まることにした。
12時過ぎに日本第2位の高峰北岳登頂。多くの登山者で賑わっていた。富士山が見える。日本第2位峰から第1位峰を眺める贅沢。とてもいい気分だ。
しばしその余韻に浸り山頂を後にする。眼下に今日の宿である北岳山荘が見える。
昭文社の地図には北岳から北岳山荘の間に危険マークが一ヶ所付いている。しかし、一体どれが危険箇所だったのだろうか。確かに「危険 山梨県」と書かれた杭があったがとても危険とは思えなかった。もし、それが危険だったら北アルプスなんぞは危険マークだらけのようにも思える。
危険マークが実際どれくらい危険なのか実感として分からないところが、またさらにコース選びの判断を難しくさせるように思える。
13時30分。北岳山荘で受付を済ましてテント場へ向かう。そう実は今日、山では初めてのテント泊。先々週の穂高岳山荘での2人で一畳の睡眠スペースにほとほと参ったので、今回の山行前に思い立ってテントを購入した。ノースフェイス マイカ。一人用備品込で1.27キロ。
店に在庫がなく取り寄せでたので実際テントを手に入れたのは昨夜のこと(笑)。フライに防水スプレーはしたが組み立てるのは初めて。
ちょこっと手こずったが何とか組み立て完了。誰にも邪魔されることのない今夜のベッドルームができた。あとはのんびり夜を過ごすだけだ。小屋の売店でビールを2本とカップワインを買った。
問題は今晩だ。シュラフはイスカエア280。普通の3シーズン用。最低対応温度は2度。同程度のモンベルやナンガのシュラフがマイナス5~8度程度までとなっているので、それなりにはいけるだろうが、この中秋の時期に未体験の3000メートル地点でのテント泊。はたして大丈夫だろうか?
テント脇のベンチでビールを飲んでいると近くに同じく単独の若い男女が来たので話す。2人とも僕と同じコースを歩いていた。今日、起こった色々な出来事、今までの行ったことのある山のことなどたくさんのことを話した。山で出会った人とは同じ話題を仲間意識で話せて本当に楽しい。
そして今回、気づいたことはテント泊の登山者は断然年齢層が若いということ。そりゃそうだ。経済的に賢く山に登ろうと考えると自然とそうなってくる。若い人たちはお金は持っていないかもしれないが、テントを担いで登る有り余る体力は持っている。そう思うと山小屋に泊まることは、歳を取って足りなくなった体力を金で買っているようにも思える。また、そうした登山者が行う山旅のようにも思えてくる。僕もまだまだ老け込むわけには行かない。テントを担いで山に登らねば!!!
実は4~5年前、毎週のようにいわゆる合コンに行っていた時期があった(笑)いや積極的に行っていた訳ではなく、坊ちゃま育ちの親分みたな先輩がいて毎週のように誘われていたからだ。
酒は好きだし行けば必ずキレイな女性がいて、それはそれで間違いなく楽しかったのだが、合コンに小馴れた女性たちに安くないお店でいつも「御馳走様でした!」と言われてホクホク顔をしていた自分を思い出すとよくよく馬鹿だったなと思う(笑)
そこで使ったお金を山に使っていたらどれくらい有意義だっただろう。今は本気でそう思ってしまう。まぁ仕方ないそんな時期も人生にはあるんだろう。でも、もうあんな女性たちに出会うことは逆にないだろう。
寒さ対策として持っていった防寒着を全て着込んで寝たせいかマイナス5~6度まで下がったテント泊の夜だったがほとんど寒さを感じることなく朝を迎えることができた。ただ朝2時には目がパッチリ覚めてしまい夜の長さだけにはほとほと参った。
■2日目 北岳山荘~間ノ岳~農鳥子や~農鳥岳~大門沢小屋~奈良田
5時過ぎにテントから抜け出す。東の空が赤く染まり初めている。すでにテント泊の半分くらいは次の山に向かって出発しているようだ。今日は、全行程10時間35分の長丁場。今日中に奈良田まで降りる。
朝食に豚汁をすすりテントを畳んでいると、昨日ベンチで話し込んだ単独のYくんが「今日一緒に歩きませんか?」と支度をして来たのでそうすることにした。
まずは間ノ岳に向かう。今日も快晴だ。左手に富士山が常にお供をしてくれている。多少、昨日の疲れは残っているが体調は今日もいい。
正直、間ノ岳はあまり登って面白い山ではなかった。ただ山頂に着くと間ノ岳のおかげで見えなかった南アルプス南部の雄大な景色が一望でき素晴らしかった。
●農鳥小屋のオヤジ
ネットの評判を見ると農鳥小屋のオヤジは散々に書かれている。いったいどんなオヤジなのかとても興味があった。
朝9時だが気分がいいのでビールを飲もうと思っていたのだが「こんな朝からビールを飲むなんて危険極まりない!」と注意されやしないかちょっと心配した。
9時過ぎ農鳥小屋到着。農鳥小屋で通り過ぎる登山客に気さくに話しかけている黄緑色のジャケットを着た色の黒いオヤジがいた。ちょっと風変わりな雰囲気や話し方などから、たぶんこれが有名な農鳥小屋のオヤジだなと思った。
オヤジに声を掛け売店でビールを売ってもらった。普通にビール代を受け渡し別に何も言われなかった。ちょっと拍子抜けして小屋横の石段の上でビールを飲みながら休憩していると「ずいぶんのんびりしているね。今日はどこまで行くんだい?」とオヤジが聞いてきた。普通にフレンドリーな雰囲気だ。
今日中に奈良田まで降りることなどを伝えると「ここから奈良田まで、早い人6時間、普通の人8時間...」と実質的なコースタイムを教えてくれ、また今後の天気の変移についてなど色々アドバイスをくれた。
そんなことをオヤジと話していると昨日、テント場で話した単独の女性Oさんが農鳥小屋に到着した。「早かったね」などと話し掛けると農鳥のオヤジが「君たちはパーティかい?」と聞いてきた。
「いや昨日北岳山荘のテント場で飲みながら話した人です。」と言うと矛先を収めるように「おおそうか」といい、続けて「君たちがもしパーティだったら俺は一言言おうと思ったんだ。パーティを組んだら絶対にメンバーを置いていたりしたらダメだとね。」と言った。
その後、昨夜、農鳥小屋に宿泊した登山者にアイゼンを持っているか尋ねたら一割しか持っていなかったこと、今の時期はいつ雪が降ってもおかしくないこと、小さいバックパックで軽装で歩いている登山客の無防備について、山では早立ち早上がりすることを徹底することなどオヤジの意見を色々聞いた。
誰が聞いても真っ当なことばかりだった。
ただ農鳥小屋を離れるときに挨拶すると訳の分からない外国語で「いってらっしゃい」を言ったりと、風貌と共に相当に変わっているオヤジであることはまず間違いないと思った。また言葉遣いも決して丁寧とは言えない。その辺りをどう捉えられるかでオヤジの印象は相当に変わってくるのだろうと思う。
またネットで「晩御飯の頃になるとだんだん機嫌が悪くなる」などとあったが、そこは泊まった訳ではないので今回は何とも言いようがない。ただ、僕が会って話した農鳥小屋のオヤジはとても良い人だったのは間違いない。
ただトイレだけは、本当に相当にワイルドだった(笑)
農鳥小屋を後にして農鳥岳まで一気に登り返す。話しながら登っていると「シーッ!」と声を掛けられた。その人が指差す方向に目をやると登山道の脇に茶色い鳥が佇んでいた。ライチョウだ。初めて見るライチョウに感動。またハイマツの下に家族と思われるライチョウが数匹いた。
地図には西農鳥岳 3051メートルとして表記されているが、西農鳥岳と思しき2つのピークのどちらにも何の記さえなかった。念のためどちらのピークの頂にも立ってはみたが何とも素っ気ないピークだ。
西農鳥岳のピークから一旦、岩場を数十メートル下る。ここまであまりなかったちょっとした岩場歩き。だらだらとした道より時々こういうバリエーションがある方が飽きずに楽しい。
コルから緩やかに登り返すと水平に伸びる尾根の小高い部分が農鳥岳。西農鳥岳より低いがこちらは立派な標識が掲げられている。今回の山行最後のピーク。もうここから登りはない。後は奈良田まで下っていくけだ。
農鳥岳から大門沢下降点へは辺りに小カールが広がり、遠くまで見通しが利く、緩やかで素晴らしく気持ちいい地形だ。地図にキャンプ禁止と記されているが、ここにテントを張りたくなる気分はよく判る気がした。
今日、北岳山荘から共に歩いたYくんとここでお別れ。彼は大門沢小屋に宿泊する予定で行程に余裕があるのでここからピストンで広河内岳に向かう。このまま一期一会というのはあまりにも寂しいので、年末に関東界隈の山小屋集合で酒盛の約束をする。
大門沢下降点から樹林帯の急坂を下る。傾斜が急なだけではなく眺望もなくとにかく長い。大門沢小屋までコースタイムでは3時間以上掛かる。
今のブーツを履くようになってから頻発するようになったのだが、足裏の親指と小指を結ぶラインが急な下りが続くとズキズキ痛む。
「辛い時はとにかく急ぐ!」という自分の教訓通りフルスピードで歩き、1時間20分程で大門沢小屋に到着した。タイムを相当に詰めることができ奈良田で温泉につかることもできそうだ。それでもまだ奈良田まで3時間半ここから掛かる。
山水に冷されたチューハイを買ってドーピング(笑)アルコールで疲れを忘れ、川沿いの登山道を再びフルスピードで歩き始める。傾斜は緩やかになり足裏の痛みがなくなり楽だが、とにかくダラダラと長く体力が奪われる。そう言えば、今日は朝から豚汁しか栄養を取ってないではないか。あとはビールとチューハイ...そりゃエネルギーが切れてもおかしくない。
しばらく歩くと発電所の取水口があり、その先に進むと狭く覚束ない吊橋が突如として現れた。それなりに高さもあり橋の床の鉄板は赤く錆び付いていて脆そうにも見える。さらに極め付けは「一人づつお渡り下さい」と吊橋の脇に看板がある。
こういう人工物の高度感は本当に苦手だ。そもそも信用していないので本当に怖くてしょうがなかった。
この吊橋を何とか渡り切りホッとしていると、程なくその先にさらにもう一本同じような吊橋があった。「本当にやめてくれっ!」この2本の吊橋が正直、今回の山行の核心部だったと思う。
そう言えば、聖岳かどこかに登る時にダム湖を渡る相当に長い細い吊橋があるのを見たことがある。いずれ行く山だろうが、その吊橋は必ず通らなければならないルートなのだろうか?
しっかりと重厚な3本目の吊橋を渡ると登山道は、その先でダートの車道になり、舗装道へとなった。そして、その道が昨朝バスで通った道に合流すると駐車場までは残りわずかだ。
15時50分。駐車場に到着して今回の参考の幕が下りた。
今回も先々週の北アルプスに続き、自分の中で相当にやり切った気持ちになれた山行だった。初めての高山でのテント泊も経験し、今まで日帰りと山小屋泊まりだけだった山の制限から時間と経済的に開放されたようにも思う。
今年の3000メートル級はもうこれが最後になるだろう。今年初めて踏み込んだアルプス山行。夏に出遅れたがトータルではとても満足できたと思う。また来年、もっと経験を積んで戻ってきたいと思った。
コースタイム
1日目
広河原アルペンプラザ(7:31)→(9:05)白根御池小屋(9:20)→草すべりコース→(11:10)北岳肩ノ小屋(11:41)→(12:13)北岳(12:27)→(13:30)北岳山荘
2日目
北岳山荘(6:40)→中白根山(7:07)→(8:06)間ノ岳(8:12)→(9:08)農鳥小屋(9:53)→西農鳥岳(10:42)→(11:14)農鳥岳(11:33)→大門沢下降点(11:59)→(13:22)大門沢小屋(13:43)→(15:48)奈良田第二駐車場