如何にも大イワナが潜んでいそうな渓相だ。黒部の源流より、こういう森の中を流れるフラットな沢の方が好きだ。岩苔小谷の沢に掛かる小橋の脇にザックを置き、上流側の岩の上に降りてフライロッドのガイドにラインを通す。視認性重視で今日も#14のエルクヘアカディス。もうどこもここもポイントだらけだ。数メートル上流の一番目立つポイントにフライを送り込む。流れに従ってきれいにフライは流れるのだが出ない。2投目も出ない。3投目、出ない…
イワナは気まぐれなところがあり、同じところに同じようにフライを流していると怪しい思っても本能的に飛び出してくることがよくある。イワナは反応がなくても同じポイントをしつこくしつこく攻めることが大切だ。
4投目、僕の大きめのフライが流れている真横で、イワナが大きなしぶきをあげてライズした。すかさずピンポイントで、今、ライズした場所にフライを打ち込む。透明な流れの奥から黒々とした魚体が、全く警戒心を感じさせない勢いで水面を大きく割ってフライに飛びついてきた。すごいパワーで僕の7フィートのフライロッドを曲げてグングン引っ張る。こんな魚の手応えは久しぶりだ。
ひとしきり、この大イワナと、行ったり来たりのやり取りを繰り返し、少し引く力が緩くなってきたところでゆっくりゆっくり手前の浅い砂利の上に、その大イワナを引き寄せた。
「大きいっ!」
尺(30センチ)は十分に超えるサイズだ。頭がどす黒く野性味があり、また、その全長以上に肉厚でがっしりとした魚体は惚れぼれするほど筋肉質で、その力強い引き加減に納得がいった。これが最初の1尾目かよ…岩苔小谷のポテンシャルに恐れ入った。
その後、50分ほどの間に、この小橋の上流50メートルくらに間と、少し下流に下った登山道が森から抜け出した地点にある前後20メートルほどの区間だけで6尾のイワナを仕留めることができた。
どこにキャストしてもイワナがウヨウヨいて、面白いように釣れるじゃないかと思うと、楽しい反面、テクニックも戦略もあまり関係なく、釣り人の性としてはちょっとどうなんだろうという気持ちにもなるが、この沢が紛れもなく、とてつもなく素晴らしい沢で、また、必ず訪れたいということだけは間違いない。
ちょっとやそっとじゃ簡単に行くことのできない秘境にある沢なので、場所も詳細に記しているが、この沢の素晴らしいイワナたちが未来永劫ずっとずっと、この地で、時々、釣り人を楽しませながら生き続けられるように、この地で釣りをする人のマナーを信じたいと思う。
絶対に獲って食べるなとは思わないが、キープしても2~3尾をバッグリミットとして、基本的にリリース前提で、バーブレスフックを使用、ルアーならシングルフックで釣りをすることをお願いしたい。これだけ釣れるなら大概の釣り人は2時間もやればもう飽きるほど大満足すると思う。